聖日礼拝説教要旨‘25.8.3
ビジョン2025①「賛美にあふれ」

説 教 題:「主への感謝と賛美」       井上義実師
聖書箇所:詩篇147:1~20

147:1 ハレルヤ。まことにわれらの神にほめ歌を歌うのは良い。まことに楽しく賛美は麗しい。
147:2 主はエルサレムを建てイスラエルの散らされた者たちを集められる。
147:3 主は心の打ち砕かれた者を癒やし彼らの傷を包まれる。
147:4 主は星の数を数えそのすべてに名をつけられる。
147:5 われらの主は偉大であり力強くその英知は測り知れない。
147:6 主は心の貧しい者を支え悪しき者を地面に引き降ろされる。
147:7 感謝をもって主に歌え。竪琴に合わせてわれらの神にほめ歌を歌え。
147:8 神は濃い雲で天をおおい地のために雨を備えまた山々に草を生えさせ
147:9 獣にまた鳴く烏の子に食物を与える方。
147:10 神は馬の力を喜ばず人の足の速さを好まれない。
147:11 主を恐れる者と御恵みを待ち望む者とを主は好まれる。
147:12 エルサレムよ主をほめ歌え。シオンよあなたの神をほめたたえよ。
147:13 主はあなたの門のかんぬきを強めあなたの中にいる子らを祝福しておられるからだ。
147:14 主はあなたの地境に平和を置き最良の小麦であなたを満たされる。
147:15 主は地に仰せのことばを送りそのみことばは速やかに走る。
147:16 主は羊毛のように雪を降らせ灰のように霜をまかれる。
147:17 主は氷をパン屑のように投げつけられる。だれがその寒さに耐えられるだろうか。
147:18 主がみことばを送ってこれらを溶かしご自分の風を吹かせると水は流れる。
147:19 主はヤコブにはみことばをイスラエルにはおきてとさばきを告げられる。
147:20 主はどのような国々にもこのようにはなさらなかった。さばきについて彼らは知らない。ハレルヤ。

ビジョン2025の基となる聖句は4月の礼拝で語ったが、内容については未だ触れていなかった。教会暦、教会行事等の説教で8月となったが、暑い夏を越えて、霊的な秋の実りを目指して行こう。「神への賛美にあふれ」が第一に置かれている。B.F.バックストンも『詩篇の霊的思想』で「神はそのみこころを顕わすために、いろいろな方法を用いられる。…殊に、詩歌は最もよくみこころを顕わしたもので、詩篇はまことにその賛美歌ともいうべきものである。」と記す。そうであれば、詩篇すべてが賛美歌と言えるが、今朝は詩篇147篇が開かれてきた。詩篇の巻末の146篇から150篇はハレルヤ「主をほめたたえよ」から始まり、ハレル詩篇と特別に名づけられる賛美の詩篇である。

Ⅰ.賛美をささげる人の姿
この詩篇の内容を他の詩篇を照らし合わせながら読み解いていこう。まず賛美を献げる人の姿を見ていく。賛美はこれらの人々によって献げられる。
1)心の打ち砕かれた者(3節)
「神へのいけにえは砕かれた霊。打たれ砕かれた心。神よあなたはそれを蔑まれません。」(詩篇51:17)。注記にあるようにダビデがバテ・シェバとの間で姦淫を犯し、不義を働き、預言者ナタンに指弾された際の詩篇である。ダビデは全く打ち砕かれて、神様の赦しと憐れみにすがった。ダビデはどん底の苦悩から立ち上がっていくが、私たちも自分の罪を覆い隠さず、神様の赦しをいただくことで賛美するものとなる。
2)心の貧しい者(6節)
「私は苦しむ者貧しい者です。主が私を顧みてくださいますように。あなたは私の助け私を救い出す方。わが神よ遅れないでください。」(詩篇40:17)。心の貧しい者の幸いは、イエス様の8福の教えの最初にあり、天国は彼らのものであると言われた。ただ、神様のみを頼み、自分も世の力も当てにしない、神様のみを信頼するものの賛美である。
3)主を恐れる者(11節)
「主からの恐れはきよくとこしえまでも変わらない。主のさばきはまことでありことごとく正しい。それらは金よりも多くの純金よりも慕わしく蜜よりも蜜蜂の巣の滴りよりも甘い。」(詩篇19:9・10)。神様の救いに与ったものは、神様に畏敬の念をいだくことができる。主を正しく恐れるものは賛美に導かれる。
円満で満ちあふれた感謝と喜びが賛美であるというイメージがあるが、心砕かれ、心貧しく、主を恐れるものが主への賛美を献げるとある。目に見える時の良し悪しに関わらず、痛みや困難の中も賛美を献げ続ける私たちである。

Ⅱ.賛美を受けられる神様の姿
1)天における神様の偉大さ
「主は星の数を数えそのすべてに名をつけられる。われらの主は偉大であり力強くその英知は測り知れない。」(4・5節)。神様は遠大な天を造り、天を支配しておられる。私たちの存在はいかに小さいものであるかを知り、神様の偉大さをほめたたえよう。
2)地における神様の偉大さ
「神は濃い雲で天をおおい地のために雨を備えまた山々に草を生えさせ 獣にまた鳴く烏の子に食物を与える方。」(8・9節)。神様は美しい地球を造り、精巧な生き物を造り、全ての生き物を顧みてくださっている。小さきものに目を止めてくださっている神様の愛、神様の慈しみをほめたたえよう。
3)みことばを語られる神様の偉大さ
「主はヤコブにはみことばをイスラエルにはおきてとさばきを告げられる。」(9節)。最長の詩篇119篇は「みことば」を36回繰り返し記している。神様のみことばこそが全ての基となる「あなたのみことばは、私の足のともしび 私の道の光です」(119:105)。神様は私たちに必要な永遠にいたる知識、神様に相応しい整えをみことばによって示してくださっている。偉大なる御方がみことばを通して親しく語ってくださる幸いをほめたたえよう。

Ⅲ.神様にほめ歌をささげる
詩篇147篇は1~6節、7~11節、12~20節と段落分けされているように3区分される。各段落の冒頭、1、7、12節はほめ歌を歌うとの言葉が出てくる。ハレル詩篇の一つからほめたたえるべき神様の姿、ほめたたえる人間の姿を見て来た。アウグスチヌスは「もしあなたが正しく生きているのなら、あなたは神を賛美しているのである。」と言う。私たちが神様との関係が正しくあり、神様に従って生きていくこと自体が神様への賛美になるという。神様を賛美すること、祈ることは神様と出会い、神様からの救いに与る私たちの信仰生活の根源にある。日々の生活の中での個人的な神様への賛美、教会に集まって共にささげる賛美、何れをも神様は喜んでお受けくださる。

賛美をささげることは、私たちが主の前に進む時に第一にあることは正しいことである。神様への賛美と祈りに基を置き、支えられ、導かれて行こう。