聖書:出エジプト4章27節~31節

27 主はアロンに言われた、「荒野に行ってモーセに会いなさい」。彼は行って神の山でモーセに会い、これに口づけした。
28 モーセは自分をつかわされた主のすべての言葉と、命じられたすべてのしるしをアロンに告げた。
29 そこでモーセとアロンは行ってイスラエルの人々の長老たちをみな集めた。
30 そしてアロンは主がモーセに語られた言葉を、ことごとく告げた。また彼は民の前でしるしを行ったので、
31 民は信じた。彼らは主がイスラエルの人々を顧み、その苦しみを見られたのを聞き、伏して礼拝した。

 今日の箇所でイスラエルの民はアブラハムの約束を知っていた。それを信じて祈ったので彼らはエジプトから救われた。彼らはその際に全能の神を経験することが出来た。私達も聖書を通して、素晴らしい神様のみわざを経験したい。神を経験することが私達の人生を豊かに変えるのである。
1.時
1)初めての神経験は人によって違う
 人はいつ神様と初めて出会うのか?人が神様を初めて経験するのは人それぞれ違う。聖書には初めて神様に出会った人々の物語がたくさんある。聖書通読の時、その物語に注目して読んで頂きたい。彼らは神様と出会うまではどんな状況だったのか?どんな人間だったのか?神様と初めて出会う時、彼らはどのような気持ちだったのか?神様との初めての出会いの後、彼らはどのように変わったのか?例えば、サムエル、ギデオン、ダニエル、モーセ。私達の神様は生きておられる神である。その存在を色んな形で示して下さる神である。神様は今日も、これからも引き続き、その存在を私達に現して下さる。
2)試練の時
 今日のみことばに出てくる人々が神様に出会ったのは、試練の時だった。奴隷の悲しみの中で彼らは叫び求めた。試練は神様を捜し求めるきっかけとなる。試練の中で人は神様を呼び求める。何の問題もない平和の時よりは試練の時、神様に出会いやすいのである。
2.方法
 神様はどのような方法で現われて下さるのか?聖書に出てくる人々が初めて神を経験する方法は様々である。声を聞いたり、奇跡を見たりして神様を経験した人もいる。モーセのような人である。あるいは主から遣わされた人から神様のみ教えを聞くことにより、神様を経験する人もいる。普通の人が神様と出会う方法はみ言葉によるものである。今の時代はイエス・キリストの福音によって神に出会うのである。聖書のみ言葉に従って祈ると神様は私達の祈りに応えて下さる。その応えによって私達は神様の存在を認識することが出来る。しかし、聖書を知らないと祈れない。祈らないと神様の応えがない。応えて下さてもさっぱり分からない。聖書と親しくなると、神様の応えも分かりやすくなる。奇跡という形で神様の存在を現して下さることもあるが、普段はみ言葉を通して私達に現して下さるのである。
3.理由
 どうして神様との初めての経験が必要なのか?神様の約束はいつか必ず現実に現れる。私達の人生の中で現れる。神様は初めて神の存在を現して下さった日から本格的に一人を導いて下さる。その日から人は神に用いられる。その理由で神様との初めての経験は神様にとっても私達にとっても大事なことである。
 聖書には神様の約束がたくさんある。その一つ一つのみ言葉に一つずつ証が出来たら私達の人生は豊かになる。聖書と親しくなって頂きたい。皆がみ言葉で豊かになるように祈りたいのである。