聖 書:テサロニケ人への第一の手紙 第516~18
5:16 いつも喜んでいなさい。
5:17 絶えず祈りなさい。
5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。

 あまりに有名な聖句です。諳んじておられる方もいるでしょう。「一年の計は元旦にあり」と言います。その年の計画は元旦に立てなさいと言われるなら、今日の聖句こそ、ふさわしいのではないでしょうか。一年365日キリスト者の日常生活はかくありたいと願わされます。ところで、この箇所の文脈を読むと「喜び、祈り、感謝」に関して個人的な信仰の姿勢を勧めているのではなく、信仰共同体である教会を立て上げるために書かれています。パウロは二回目と三回目の伝道旅行でテサロニケを訪問して伝道しました。テサロニケの教会は迫害に耐えて、主の再臨を待ち望んでいました。パウロは群れの人々に宛てて、困難にあってもきよい生活を送るようにと、二通の手紙をコリントで書きました。

1.いつも喜び、絶えず祈る人
 いつも喜んでいる人や穏やかに微笑んでいる人は、自然と人を引き付けます。誰しも嬉しいことがあればおのずと表情に現れてきます。ところが喜べる事情でないのに、それでも喜んでいる人には、心にゆとりがあり内に秘めた信仰にある強さを感じます。その人はすべてを神様にゆだねてお任せしているからです。いつも喜べる人は信仰も安定しています。反対に怒りは人を罪に引き出させます(エペソ4:26/ヤコブ1:20)。
 絶えず祈ることを四六時中祈ること考えたら不可能に近い。それよりどこでも短く集中して祈ることを習慣づけてみよう絶えず祈ることで神様といつも親しく交わり、祈るとき神に聞くので「何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかを、わきまえ知る」(ローマ12:2)ことができる。絶えず祈粘り強い。祈りに応えられる神様を信じて疑わないからです(ルカ18:1)。

2.すべての事に感謝することは、神のみこころ
 すべてのことに感謝する人は、良いこと悪いこと普通のことですら、起こったでき事を全て感謝に変換させる賜物があります。自分に関わるあらゆることを感謝することでその出来事を祝福につなげる人です。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。」(16)とあるように、それは主のみこころなのです。
 イエス様「感謝」してのちに願うことを祈ると、驚きのみわざが起きます。ラザロの墓の前で父なる神様に感謝して祈ると、死んで葬られていたラザロは復活します(ヨハネ11:41)。イエス様は祈るとき願いより先に感謝の気持ちを表す「先取りの感謝の祈り」をすることで、余すところなく神の恵みを引き出しておられます「そこで、あなたがたに言うが、なんでも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになるであろう。」(マタイ11:24

3.キリスト者の良き習慣が、聖化につながる
 わたしたちは福音を信じるだけでなく、福音に生きなければなりません。新しい年にいつも喜び、絶えず祈り、すべての事に感謝する良い習慣が、わたしたちを神様のみこころにかなう者に整えてくださるのです。聖化はキリスト者が日常生活をどう過ごすかによって決まり、教会全体で取り組むことで、教会はキリストのみかたちに少しずつ形作られていくのです