聖日礼拝説教要旨‘26.5.24
聖霊降臨日・ペンテコステ記念礼拝

説 教 題:「教会の始まり」   井上義実師
聖書箇所:使徒の働き2:37~47

2:37 人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、私たちはどうしたらよいでしょうか」と言った。
2:38 そこで、ペテロは彼らに言った。「それぞれ罪を赦していただくために、悔い改めて、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。
2:39 この約束は、あなたがたに、あなたがたの子どもたちに、そして遠くにいるすべての人々に、すなわち、私たちの神である主が召される人ならだれにでも、与えられているのです。」
2:40 ペテロは、ほかにも多くのことばをもって証しをし、「この曲がった時代から救われなさい」と言って、彼らに勧めた。
2:41 彼のことばを受け入れた人々はバプテスマを受けた。その日、三千人ほどが仲間に加えられた。
2:42 彼らはいつも、使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていた。
2:43 すべての人に恐れが生じ、使徒たちによって多くの不思議としるしが行われていた。
2:44 信者となった人々はみな一つになって、一切の物を共有し、
2:45 財産や所有物を売っては、それぞれの必要に応じて、皆に分配していた。
2:46 そして、毎日心を一つにして宮に集まり、家々でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、
2:47 神を賛美し、民全体から好意を持たれていた。主は毎日、救われる人々を加えて一つにしてくださった。

今朝はペンテコステ(五旬節)記念礼拝を迎えた。イエス様が約束された聖霊が圧倒的に降った日になる。エルサレムに最初の教会が誕生し、神様の新しい歴史が始まった。

Ⅰ.ペンテコステまでのできごと
ペンテコステの日までに起こったことを振り返る。
1)イエス様がエルサレムで十字架に付けられ、全人類の罪のあがないとなって命をささげられた。イエス様を救い主と信じる者に、罪の赦しと、新しく生きる道を開かれた。
2)イエス様は死なれたが、3日目に神様によってよみがえられた。神様の命、復活の命、永遠の命を、信じる者に与えることを表された。
3)よみがえられたイエス様は弟子たち、信徒たちに度々現れて神様の真実を語られた。40日後にエルサレム近郊のオリーブ山から天に帰られた。やがて、聖霊が降ることをイエス様は約束された。

Ⅱ.ペンテコステに起こったこ
イエス様は目に見える形では、弟子たちから離れられた。地上に残された弟子たちはどうだっただろうか。イエス様が居なくても大丈夫、元気だったのか。弟子たちだけでは余りに頼りない。ひ弱な弟子たちに聖霊が降ることは絶対条件と言って良かった。
エルサレムに戻った弟子たちは120人ほどの信徒たちと共に祈り続けた。彼らは自分たちが非力、無力であることを知って神様に頼らざるを得なかった。彼らは誰が偉い、偉くないなど、心はばらばらであったが、イエス様がおられない危機によって心を一つにした。彼らの間の壁や障害は取り除かれていった。
ペンテコステの日に聖霊は圧倒的に臨んだ。イエス様が十字架にかかられたエルサレムで、この方こそが救い主と大胆に証しし始めた。神様も不思議な業によって働かれた。弟子たち、信徒たちは力、愛、命、真実に満ちていた。

Ⅲ.ペンテコステから始まったこと
弟子たち、信徒たちは全く造り変えられた。その姿はエルサレムの中で表されていった。この一連のできごとの中でエルサレムの人々は、
1)心を刺された。自分たちの手でイエス様を十字架に着けたこと、自分たちの罪を認め、悔い改めが起こった。彼らの心が砕かれ、神様に背く自らの姿を認めた。
2)恐れが生じた。神様の偉大さを認めた。自分たちの高慢が砕かれて、神様にひれ伏す思いが与えられた。
3)教会への好意が生まれた。イエス様を信じている者たちが、神様の愛、真実に生きていることを見た結果である。周囲の人々が信じる者たちの一致と喜びを見たからである。周囲から心を入れ替えて、イエス様を信じる者たちが起こされていった。

神様の歴史、事実が語っている。イエス様の十字架だけでは教会は生まれなかった。イエス様の十字架と復活だけでも生まれなかった。イエス様の十字架と復活と昇天だけでも生まれなかった。最後に聖霊が降って、神様の業が前進し、教会が生まれていった。
今も聖霊が私たちに臨んでいる。教会を通して神様は働かれていく。私たちも主の働きを担い、進もう。