聖日礼拝説教要旨‘26.7.12
中田師・森山師召天記念礼拝

説 教 題:「私たちが受け継いだもの」   井上義実師
聖書箇所:ゼカリヤ4:6~14

4:6 彼は私にこう答えた。「これは、ゼルバベルへの主のことばだ。『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって』と万軍の主は言われる。
4:7 大いなる山よ、おまえは何者か。おまえはゼルバベルの前で平らにされる。彼がかしら石を運び出せば、『恵みあれ。これに恵みあれ』と叫び声があがる。」
4:8 また、私に次のような主のことばがあった。
4:9 「『ゼルバベルの手がこの宮の礎を据えた。彼の手がそれを完成させる。』そのときあなたは、万軍の主が私をあなたがたに遣わされたことを知る。
4:10 だれが、その日を小さなこととして蔑むのか。人々はゼルバベルの手にある重り縄を見て喜ぶ。これら七つは、全地を行き巡る主の目である。」
4:11 私は彼に尋ねた。「燭台の左右にある、この二本のオリーブの木は何ですか。」
4:12 そして再び尋ねた。「二本の金の管によって金の油を注ぎ出す、このオリーブの二本の枝は何ですか。」
4:13 すると彼は私にこう言った。「あなたは、これらが何であるかを知らないのか。」私は言った。「主よ、知りません。」
4:14 彼は言った。「これらは、全地の主のそばに立つ、二人の油注がれた者だ。」

先週もお話したが、6月の教会役員研修会、続いて信徒懇談会で教団の過去、現在、将来の話をした。私たちが受け継いできたものは信仰である。これからの働きも、私たちの信仰によって進められていく。
7月20日は教団創立記念日、本日7月第二聖日は中田師・森山師召天記念礼拝となる。先週は教団創立の御言である出エジプト33:14から柱となる臨在信仰について語った。本日は教団の源流となる日本伝道隊創立の御言と言われるゼカリヤ4:6から語る。教団の信仰は、昔は良かったという回顧主義ではなく、次の世代に受け渡され、息づくことを何よりも願っている。

Ⅰ.日本伝道隊との関り
日本伝道隊は1903年イギリス、ケズィック聖会でB.F.バックストン、P.ウイルクス、ハーバード・ウッド夫妻の祈りによって生まれた。1891年からのバックストンの松江バンドの働きを日本全国に展開させるためであった。総理は1902年からイギリスに帰国していたバックストン、日本の主幹がウイルクスであり、1904年に日本現地での日本伝道隊が成立した。日本伝道隊の当初の三大目標は魂の救い、救われた者が証しをし伝道できるようになること、福音を聖霊の力で伝える伝道者が生み出されることであった。本拠は松江から神戸に移り、湊川伝道館、聖書学校の設立、聖会の開催等が積極的になされ、働きは広がっていく。
森山諭師は日本伝道隊の創立メンバーの御牧碩太郎師の直弟子であり、中田羽後師はバックストンと共に立っていた中田重治師の息子であり、日本伝道隊の実である当教団の教職になられた。荻窪栄光教会は日本伝道隊と深く結び付いている。初めて聞かれるような方にとって何の話だろうかと思われるかも知れないが、源流をたどっていくとここに水源を見出す。

Ⅱ.ゼカリヤが語った神の言葉
私が関西聖書神学校に入学したころは日本伝道隊立の神学校であった。ゼカリヤ4:6「権勢に由らず能力に由らず我霊に由るなり」(文語訳)は教師から教えられ、神学生は祈り、誰かから毎日のように聞こえてきた。先ずはこの箇所を読み解こう。
ゼカリヤの時代は、亡国のイスラエルが捕え移されていたバビロンから帰国し、エルサレム神殿の再建に取りかかっていた時代である。ペルシア王キュロスの勅令で神殿再建は始まったが、周辺民族の妨害で16年間も止まったままだった。イスラエルの民も心が薄らいでしまっていた。預言者ハガイが心を奮い立たせ、ゼカリヤが霊的信仰的な指導をして工事は進み完成した。
「ゼルバベルへの主のことば」神殿再建に当たった総督がゼルバベルである。エルサレムに戻ったのはイスラエル全体から見ればわずかな4万人余り、周囲の民はそこに定住し強くあった。恐れは大きかっただろう。権力という国や団体・組織の力ではない、能力という個人の力にもよらない、神様の霊によって神様の働きは果たされていく。神様は霊なる御方であり(ヨハネ4:24)、神様の霊は創造の働きの内にあった(創世記1:2)、聖霊は私たちの心を造り変え(コリント第一12:3)、聖霊によって神様の愛に生きる(ローマ5:5)。
ゼルバベルがやがて神殿を完成させるように、私たちもどんな困難があっても聖霊によって神様の約束は成し遂げられていく。権勢も能力も届かない絶大な聖霊の力を見せてくださる。私たちは決して失望に終わることはない。

Ⅲ.私たちにとっての神殿の再建
3番目にイエス様に目を向ける。ヨハネ2章後半にイエス様がエルサレム神殿を清められた話が出てくる。両替商や犠牲の動物を売っている人たちがイエス様に怒って、こんなことをするからにはしるしを見せよと言う。イエス様は2:19「イエスは彼らに答えられた。『この神殿を壊してみなさい。わたしは、三日でそれをよみがえらせる。」と言われた。イエス様は目に見える神殿ではなくご自身の体を指して言われた。十字架の贖いの死と3日目のよみがえりを指している。神殿が礼拝の場であり、犠牲をささげる場であり、祈りの場である。私たちはイエス様による救いを信じている者として、イエス様を礼拝し、イエス様に献げ、イエス様に祈る。エルサレム神殿が礼拝の場ではなく、イエス様こそが礼拝の対象、礼拝の場となる。
イエス様を礼拝する私たちも神の宮、聖霊の宮とされる。エペソ2:19-22「こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、聖徒たちと同じ国の民であり、神の家族なのです。使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられていて、キリスト・イエスご自身がその要の石です。このキリストにあって、建物の全体が組み合わされて成長し、主にある聖なる宮となります。あなたがたも、このキリストにあって、ともに築き上げられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。」。

日本伝道隊の信仰と深い関わりを持たれていた森山諭師、中田羽後師から始まり、日本伝道隊創立の御言より神殿の再建を見て来ました。私たち自身がかつては神様と関りが無かったものであったが、罪赦され、汚れが潔められて聖なる宮とされる。キリストご自身を内にいただき持ち運ぶものとされている幸いを喜ぼう。