聖日礼拝説教要旨‘26.7.26
ビジョン2025①賛美にあふれる
説 教 題:「主への賛美は絶えない」 井上義実師
聖書箇所:使徒の働き16:19~34
16:19 彼女の主人たちは、金儲けする望みがなくなったのを見て、パウロとシラスを捕らえ、広場の役人たちのところに引き立てて行った。
16:20 そして、二人を長官たちの前に引き出して言った。「この者たちはユダヤ人で、私たちの町をかき乱し、
16:21 ローマ人である私たちが、受け入れることも行うことも許されていない風習を宣伝しております。」
16:22 群衆も二人に反対して立ったので、長官たちは、彼らの衣をはぎ取ってむちで打つように命じた。
16:23 そして何度もむちで打たせてから二人を牢に入れ、看守に厳重に見張るように命じた。
16:24 この命令を受けた看守は、二人を奥の牢に入れ、足には木の足かせをはめた。
16:25 真夜中ごろ、パウロとシラスは祈りつつ、神を賛美する歌を歌っていた。ほかの囚人たちはそれに聞き入っていた。
16:26 すると突然、大きな地震が起こり、牢獄の土台が揺れ動き、たちまち扉が全部開いて、すべての囚人の鎖が外れてしまった。
16:27 目を覚ました看守は、牢の扉が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったものと思い、剣を抜いて自殺しようとした。
16:28 パウロは大声で「自害してはいけない。私たちはみなここにいる」と叫んだ。
16:29 看守は明かりを求めてから、牢の中に駆け込み、震えながらパウロとシラスの前にひれ伏した。
16:30 そして二人を外に連れ出して、「先生方。救われるためには、何をしなければなりませんか」と言った。
16:31 二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」
16:32 そして、彼と彼の家にいる者全員に、主のことばを語った。
16:33 看守はその夜、時を移さず二人を引き取り、打ち傷を洗った。そして、彼とその家の者全員が、すぐにバプテスマを受けた。
16:34 それから二人を家に案内して、食事のもてなしをし、神を信じたことを全家族とともに心から喜んだ。
ビジョン2025「神への賛美にあふれ、聖霊によって励ましあい、主の愛に導く教会」から、神への賛美について礼拝で語る。ビジョン2025のメッセージは、教団の聖句・教会の聖句、教会行事などから昨年もこの時期になった。今夏の働きを越えて本年度後半の働きを心一つに進めていこう。
Ⅰ.神様の働きを阻むもの
今朝は、パウロの第2回伝道旅行でのピリピ伝道が開かれてきた。パウロの第2回伝道旅行はマルコを連れていくかでバルナバと論争になり、パウロはシラスを連れて出発した。パウロは聖霊によって行く手を止められてトロアスに着いた。パウロは夜、助けてほしいというマケドニア人の幻を見てエーゲ海を渡り、初めてヨーロッパに足を踏み入れた。マケドニアの中心都市がピリピであった。ピリピでイエス様の福音を伝える働きが始まっていった。神様の備えもあり上手くいくように見えたが、占いの霊につかれた奴隷を癒したことから主人たちの反感を買った。パウロたちは無実の罪で捕えられる。主人たちがローマの長官にローマへの騒乱罪だと告げると、調べもせずにムチ打たれて牢屋に投げ込まれた。
神様の働きが進むと悪魔は妨害し、悪霊が働く。欲にかられた人々、不正な人々はその手先となる。このような図式は使徒の働きの全てに出てくる。今も悪は働いている。戦いのない伝道はないと言える。戦いが起こるのは神様の祝福を受けているからである。パウロは、テサロニケ第二2:2「それどころか、ご存じのように、私たちは先にピリピで苦しみにあい、辱めを受けていたのですが、私たちの神によって勇気づけられて、激しい苦闘のうちにも神の福音をあなたがたに語りました。」と振り返っているように激しい戦いがあっても福音を伝えていった。
Ⅱ.神様の働きは妨げを越えていく
パウロとシラスは残酷なローマのムチ打ちを受けて、足かせをはめられ牢屋に投げ込まれて厳重な監視を受けていた。身体は悲鳴を上げ、心も弱くなってうずくまるのが普通である。パウロたちは真夜中まで祈り、賛美をささげていた。他の囚人たちの多くは荒くれ者たちだろう。彼らがうるさい、黙れと言うはずが、皆聞き入っていた。神様の光が牢屋の中を照らしていたと言える。使徒の働きには祈りと御言、祈りと賛美がペアのように出てくるが、何れも祈りが先で、その後に御言、賛美が続く。パウロたちの祈りと賛美は天に届いていた。
神様はパウロたちの祈りと賛美に応えて、大地を震い動かされた。反対する人々はパウロたちに足かせをはめ、牢屋に閉じ込めることはできる。彼らは、地を震い動かし、天を裂いて火を降し、海を枯らすことなどできない。人々はパウロに反対したのではなく、真の神様に反対したのである。本当に恐れるべきなのは私たちに危害を加える人間ではなく、真の神様なのである。テモテ第二2:9「この福音のために私は苦しみを受け、犯罪者のようにつながれています。しかし、神のことばはつながれていません。」この言葉はパウロの生涯を通しての証しである。
私たちは天地万物を造り、今も統べ治めておられる全能の神様を信じている。預言者エリヤのホレブでの出来事を見る。列王第一19:11・12「主は言われた。『外に出て、山の上で主の前に立て。』するとそのとき、主が通り過ぎた。主の前で激しい大風が山々を裂き、岩々を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こったが、地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火があったが、火の中にも主はおられなかった。しかし火の後に、かすかな細い声があった。」とある。私たちは天変地異、奇跡を見て神様を信じるのではなく、細い神様の御声を聞いて信じ、従っていくのである。
Ⅲ.救いの業が起こる
牢屋の扉が開き、鎖も解けてしまって看守は自殺しようとした。ローマの法律では囚人を逃してしまうとその人が同じ刑罰を受けなければならなかった。看守は一人で囚人全員分の罪を負うことはできないと思い、早まったことをしようとした。誰一人逃げ出すものはいなかった。この夜、牢屋ではパウロとシラスの祈りと賛美が満ちていた、牢屋が壊れて、我先に逃げ出すはずの囚人が残っていた。看守は神様が働かれていることを知った。パウロとシラスの前にひれ伏して、救われるために何をしなければなりませんかと尋ねた。
主イエスを信じなさい。そうすればあなたもあなたの家族も救われますという言葉通りに、看守も家族全員もこの夜の内に神様を信じて救いを受け、洗礼を受けた。神様はパウロとシラスを牢屋から救い出されただけではなく、看守とその一家を救いへと導かれた。
ピリピ教会はここから始まっていく。神様の救いの業は2倍、3倍、それ以上に次々と起こされていく。パウロはピリピ1:5・6で「あなたがたが最初の日から今日まで、福音を伝えることにともに携わってきたことを感謝しています。あなたがたの間で良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださると、私は確信しています。」語る。
ピリピの働きはパウロとシラスが痛みと苦しみの中で、祈り、賛美したことから前進していった。教会の働きは救われた魂が担い、永遠につながっていく。私たちも渡された灯火を、さらに豊かに次の時代に届けていく使命に立っている。祈りと賛美から始めていこう。私たちの祈りと賛美は、天地を震い動かす御方、人の心を新しく造り変えることのできる御方にささげられている。
