聖日礼拝説教要旨‘26.2.22
教会総会開催
説 教 題:「心を一つにして戦う」 井上義実師
聖書箇所:ピリピ1:27~30
1:27 ただキリストの福音にふさわしく生活しなさい。そうすれば、私が行ってあなたがたに会うにしても、離れているにしても、あなたがたについて、こう聞くことができるでしょう。あなたがたは霊を一つにして堅く立ち、福音の信仰のために心を一つにしてともに戦っていて、
1:28 どんなことがあっても、反対者たちに脅かされることはない、と。そのことは、彼らにとっては滅びのしるし、あなたがたにとっては救いのしるしです。それは神によることです。
1:29 あなたがたがキリストのために受けた恵みは、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことでもあるのです。
1:30 かつて私について見て、今また私について聞いているのと同じ苦闘を、あなたがたは経験しているのです。
本日は2026年度計画・予算の教会総会を迎える。私たちが一致して立ち上がるために、一つとされることを午前の礼拝からも語る。
Ⅰ.一致に当たって
この聖書箇所は一つにされることが記されている。一致の前提、おおもとになるものは何であろうか。27節「ただキリストの福音にふさわしく生活しなさい。」から始まる。欄外に註があるが「市民として生活しなさい」とも訳される。私たちはこの世で日本国民、〇〇市民として暮らす。基本的人権の尊重という言葉を記憶の彼方に聞いた覚えがある。人権はいつ教わるのかを調べると、小学校入学時から始まって高校まで続く。国民の三大義務が教育、勤労、納税、三大権利が生存、教育、参政になる。
私たちはこの世での市民であり、その上で神の国の市民である。私たちはイエス様の十字架の贖いによって救われ、永遠に至る喜びをいただき、神の愛によって感謝の内に生かされている。救い、喜び、感謝があって神の国の市民の働きを果たせる。集会への出席、祈りと神様との交わり、献げもの、神様を証しし伝道することが主たる働きになる。
私たちがこの世での市民であり、神の国の市民であることが教会の一致の土台、基となっていく。この2つに私たちは帰属している。安心感、満足感、自信、力につながる。
Ⅱ.一つの霊によって
神の国の市民であることが一致の土台であるが、神の国の市民の力となるものは何か。27節「霊を一つに」とあるように聖霊によって力をいただき、動かされる。今年は4月4日にイースター、5月24日にペンテコステを迎える。イエス様が天に帰られる際の約束は、「あなたがたは間もなく、聖霊によるバプテスマを授けられる」(使徒1:5)、「聖霊があなたがたの上に臨むとき、…エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、私の証人となります。」(使徒1:8)であった。五旬節、ペンテコステに成就した。
弟子たちは誰が偉いかと何時も比較ばかりをしてばらばらだった。弟子たちはエルサレムの二階座敷の祈りから変えられていったが、聖霊が降ることは圧倒的な恵みであった。弟子たちの間の隔たり、妨げ、違いは押し流された。弟子たちはイエス様を十字架に付けた人々を恐れていただろうが、臆することなく大胆にイエス様の救いを証しし始めた。そこに神様の御業は起こっていく。
聖霊によって隔ては除かれて一致が生まれ、満たされた人々の間に力は与えられていく。
Ⅲ.一つの群れとして
私たちの一致の土台は神の国の市民であること、一致の力は聖霊によって表されていく。神様が導いてくださる教会であるが、その歩みに「反対者たち」(28節)があり、「苦しむこと」(29節)、「苦闘」(30節)があるという。神様を信じれば良いこと、祝福ばかりで、悪いこと、苦難は起こらないというのは御利益的であり、現実にはそのような宗教はない。信仰と苦難をどう捉えれば良いのか。
コリント人への手紙第二の1章には、「私たちにキリストの苦難があふれているように、キリストによって私たちの慰めもあふれているからです。」(1:5)とある。コリント教会はパウロが愛し、心配し、深い関わりを持った教会である。この1:3から1:11までの間に、苦難と苦しみが5回記されているが、慰めは10回記される。神様からは苦難、苦しみをはるかに超えて、慰めが与えられていくことが示されている。
教会は神の国の市民の集まりであり、聖霊によって動かされ、一致が与えられる共同体である。教会内外の多くの人の関りによって、祈られ支えられていく。ピリピの手紙にも「テモテ」(2:19)、「エパフロディト」(2:25)がパウロの使者として送られ、教会員の「ユウオディア」「シンティケ」(4:2)、「クレメンスやそのほかの私の同労者たち」(4:3)の名前が上げられている。
教会が前進していくために、成長していくために神様が備えられ、導かれ、多くの人の祈りと関りによって神様の恵みを拝することができる。私たちもその内にある一つの群れとして新年度に向けての備えをさせていただこう。
