聖日礼拝説教要旨‘25.12.21
クリスマス礼拝

説 教 題:「神様をほめたたえる」   井上義実師
聖書箇所:ルカ2:8~20

2:8 さて、その地方で、羊飼いたちが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていた。
2:9 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。
2:10 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。
2:11 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
2:12 あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。」
2:13 すると突然、その御使いと一緒におびただしい数の天の軍勢が現れて、神を賛美した。
2:14 「いと高き所で、栄光が神にあるように。地の上で、平和がみこころにかなう人々にあるように。」
2:15 御使いたちが彼らから離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは話し合った。「さあ、ベツレヘムまで行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見届けて来よう。」
2:16 そして急いで行って、マリアとヨセフと、飼葉桶に寝ているみどりごを捜し当てた。
2:17 それを目にして羊飼いたちは、この幼子について自分たちに告げられたことを知らせた。
2:18 聞いた人たちはみな、羊飼いたちが話したことに驚いた。
2:19 しかしマリアは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。
2:20 羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

クリスマスにお生まれくださった救い主イエス様をたたえます。その意味を知っておられる皆様にクリスマスおめでとうございます。今年はクリスマス礼拝で洗礼式は無いが、直近に2人の受洗者があり、本日は3人の方々の受洗の証しを配った。

Ⅰ.低い所にあるもの
イエス様がお生まれになった夜のできごとである。何度も読み何度も聞く話であるが、いつも新しい感動を覚える。ベツレヘム近郊の野原で羊飼いたちが羊の番をしていた。この羊飼いたちに天使は救い主の誕生を最初に告げた。羊飼いは当時のユダヤの社会で低い位置付にあった。生き物の世話をしているので、安息日に礼拝をささげ、厳密な規定を守ることができなかった。羊飼いは町では暮らせず、町の人々との交わりから離れていた。
イエス様がお生まれになった時、宿屋にはマリア、ヨセフの泊まる場所はなく、イエス様が寝かされたのは寝床ではなく飼葉桶であった(7節)。イエス様は低く、貧しく生まれてくださった。永遠であり無限の天の栄光をお持ちの方が、地上に人の姿で来られただけでも自らを卑しく低くされている。イエス様が天の栄光そのままに来られたなら誰もイエス様の前に立てない。イエス様が最底辺のように生まれてくださったのは誰もはばからず、臆せず、会いにいける方としての姿であった。

Ⅱ.高い所にあるもの
この夜、羊飼いたちに突然、神様の光が照り、御使いが神様のメッセージを伝えた。今年の待降節の礼拝では、マリアが救い主をみごもること、ヨセフにも救い主の誕生を神様が知らされたことを語った。これらはマリア個人、ヨセフ個人へのメッセージであったが、神様は羊飼いに「この民全体に伝えられる」「あなたがたのために」と伝えられた。羊飼いには明らかに全ての人への救い主の誕生が告げられた。
旧約聖書の時代、神様は多くの預言者、神の人を通してメシア、救い主の誕生を預言されてきた。神様の時が満ち、神様は救い主の誕生を成し遂げられた(ガラテヤ4:4・5)。野にいる羊飼いを前に、御使いと天の軍勢は神様を賛美する。天に栄光、地に平和と歌われるが、この2つは別々のものではなく互に不可分のものである。天の栄光は絶えることなくあるが、地に平和は戦争、いさかい、争いは絶えない。天の栄光をお持ちであるイエス様が来られて、真の平和が語られ、真の平和が表される必要があった。

Ⅲ.低いものが高いものとされる
全ての人への救いがイエス様の誕生によって現わされた。人々が待ち望んだ、この良い知らせを羊飼いから町の人たちが聞いても「驚いた。」(18節)だけであった。町の人たちは自分たちと関わっているとは思っていない。今につながる無関心、冷淡な人々の姿がある。
羊飼いたちは、イエス様は私と関わってくださる天から来られた救い主であると信じた。羊飼いたちは喜びにあふれて、神様からの愛の賜物、救い主の誕生を語らずには、賛美せずにはおられない。羊飼いたちこそが「みこころにかなう人々」として神様からの平和をいただいた。神様からの平和とは、ただ争いがないということだけではなく、神様からの祝福と恵みに満ちたものであり、人に命と力を与えるものである。

羊飼いたちが帰っていく先は野原の羊たちの元である。彼らの羊たちを飼う日常は何も変わらない。町の人たちが自分たちを蔑んでいることも変わらない。それらを越えて、羊飼いたちがイエス様と出会って与えられた喜びは変わらない。この喜びを取り去ることのできるものは何もない。イエス様の輝きを私たちも心にいただいて歩み出ていこう。