「だれ一人失いたくない」　栗本高仁

聖　書　ルカの福音書１５章１～７節

15:1 さて、取税人たちや罪人たちがみな、話を聞こうとしてイエスの近くにやって来た。
15:2 すると、パリサイ人たち、律法学者たちが、「この人は罪人たちを受け入れて、一緒に食事をしている」と文句を言った。
15:3 そこでイエスは、彼らにこのようなたとえを話された。
15:4 「あなたがたのうちのだれかが羊を百匹持っていて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。
15:5 見つけたら、喜んで羊を肩に担ぎ、
15:6 家に戻って、友だちや近所の人たちを呼び集め、『一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うでしょう。
15:7 あなたがたに言います。それと同じように、一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです。

私たちはそれぞれ自分自身のことをどのように見ているでしょうか。そして、それは周囲からの目の影響を受けていることでしょう。

Ⅰ. 罪人と呼ばれている人たち
イエス様がある家で食事をしていた時のことです。そこに、あるグループの人たちがやって来ます。どのような人たちであったかというと、「取税人たち」や「罪人たち」とあります（1節）。彼らは、あの有名なイエス様の「話を聞こうとして…近くにやって来た」のです（1節）。イエス様は、彼らと食事をしながらいろいろな話をしていたのでしょう。すると、違うグループの人たち（「パリサイ人、律法学者たち」）がその様子を見て、イエス様に文句を言います。「この人は罪人たちを受け入れて、一緒に食事をしている」と（2節）。
なぜ、彼らはそのような文句を言ったのでしょうか。それは、「パリサイ人」や「律法学者たち」と呼ばれるグループの人たちが、最も大切にしていることと関係していました。それは、律法という教えです。実は、「取税人たち」や「罪人たち」と呼ばれるグループの人たちは、その律法を守らない者たちと見なされていました。ユダヤ社会の中では、そのようなものたちこそが罪人と定義されました。そして、そのような罪人と一緒に食事することは、律法違反であったのです。それは、一緒に食事をするということは、互いに受け入れ合うことの最大のしるしであったためです。そのような事情から、律法を厳格に守るグループの人たちは、イエス様を批判したのでした。
それゆえに、罪人と呼ばれるグループの人たちは、もはやそれ以外のグループの人々との関わりを持つことはできなくなっていました。まさに、彼らは社会からいなくなったような存在と見なされてしまったのです。彼らの心のうちはどうであったでしょうか。もちろん、一括りにすることはできないでしょう。しかし、自分はいなくてもよい存在ということを、心のどこかで感じていたのではないでしょうか。
私たち一人ひとりも生きている中で、同じように感じること、また実際にあなたの代わりはいくらでもいる、といった心ないことばを言われることがあるかもしれません。そのようにして私たちは社会全体や他者から自分の価値を推し量ってしまうことがあるのではないでしょうか。

Ⅱ. かけがえのない存在として探す
しかし、果たしてそのような見方は正しいのでしょうか。イエス様は、この批判を受けた上で「このようなたとえを話され」ます（3節）。
ある人が「羊を百匹持って」いました。しかし、「そのうちの一匹」がいなくなります。この羊飼いはその後どのような行動をとるかという話です。イエス様は「その人は九十九匹を野に残して、いなくなった一匹を見つけるまで探し歩かないでしょうか」（4節）と言われます。これはどういうことでしょうか。私たち日本の文化ではなかなか想像しにくいことですが、ユダヤ人にとっては羊を飼うということは馴染み深いものでした。羊飼いの家にとって、羊というのは非常に大切な財産でありました。そのため、一匹くらい失ってもいい、とはなりません。単なる1/100ではなく、大切なかけがえなのない一匹なのです。それゆえに、当然いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩くとイエス様は言われるのです（4節）。これを聞いていたパリサイ人、律法学者たちも、そのことを十分に理解したでしょう。
イエス様はここで何を言われたかったのでしょうか。それは、まさに今目の前で食事をしている「取税人たち」や「罪人たち」は、イエス様にとってこの「いなくなった一匹」であり、かけがえのない存在だということです。彼らは自分なんて価値がないと思っていたかもしれません。少なくともここにいたパリサイ人、律法学者をはじめとしたグループの人たちはそのように見なしていました。しかし、それは間違いなのです。イエス様は、あなたがたはわたしにとって大切な羊だ、と明言されるのです。
ここで、もう一つ興味深いことがあります。それは、いなくなった羊は何も行動していないということです。羊は目があまり良くないそうです。また、群れで行動する特徴があり、一匹になると不安になるそうです。そのような羊がいなくなってしまった場合、とても自力で戻ることはできなかったでしょう。だからこそ、羊飼いが見つけに行く必要があるのです。まさに、取税人たちや罪人たちは同じ状況でした。社会から排除された彼らは、自力で戻るすべを持っていません。しかし、心配する必要はありません。なぜなら、イエスご自身が彼らを見出してくださるからです。そのために、イエス様はあらゆる人々と食事の席を設けられたのです。
私たち一人ひとりをも、イエス様はかけがえのない存在として見ておられます。だからこそ、私たちを捜し歩いてくださっています。すべての人のために、毎週日曜日に礼拝が開かれています。いなくなったあなたを見つけるために、自分の価値を見失ってしまったあなたを見出すために、イエス様は礼拝という祝宴の席を設けてくださっているのです。

Ⅲ. 大きな喜びがある
その後、この羊飼いはどうするでしょうか。「見つけたら、喜んで羊を肩に担ぎ」、家に戻ります（5-6節）。この羊飼いの表情が目に浮かびます。それは、怒りの表情でも、迷惑そうな顔でもありません。喜びに満ちた表情です。彼はこの喜びを一人で留めることはできません。何と彼は「友だちや近所の人たちを呼び集め、『一緒に喜んでください』」と言うのです。それは「いなくなった（わたしの）羊を見つけ」たからです（6節）。この羊飼いにとって、この羊が生きていること、その存在自体が喜びであるのです。
まさに、イエス様はこの目の前にいる一人ひとりの存在を喜んでくださるのです。彼らが何か良いわざをするようになったから、イエス様は喜ばれたのではありません。今、生きてわたしのもとに来た、ただそのことが喜びであると言われるのです。私たちも同様です。私たちの価値は、私たちが何かできるかでは決まりません。周囲の人々はそのように見るかもしれません。しかし、本当の羊飼いであるイエス様のもとに帰り、そこで生きていることをイエス様は喜んでくださるのです。私たちは自分の価値を見誤っていないでしょうか。
しかし、この喜びは単に小さなところで起こる喜びではありません。最後にイエス様は言われます。「一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです」と（7節）。私たちはこの地球上にいる何十億ものうちのたった一人であります。しかし、私一人がイエス様に見出されて、イエス様のもとに帰ることができた時、この全世界を治めておられる神様がおられる天で大宴会が催されるのです。この大きな喜びが天に起こるほどに、イエス様はだれ一人失いたくないと思っておられるのです。
そして、私がそのような存在であると同時に、私の隣人もそのような存在であることを忘れてはなりません。私たちのうちに、パリサイ人や律法学者のような心はないだろうかと問われるのです。どうぞ、私たちも多くの人々がイエス様のもとに帰ってくることを祈り願い、一人ひとりの存在を喜ぼうではないでしょうか。