聖 書:使徒行伝13:1~5

(1)さて、アンテオケにある教会には、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、領主ヘロデの乳兄弟マナエン、およびサウロなどの預言者や教師がいた。
(2)一同が主に礼拝をささげ、断食をしていると、聖霊が「さあ、バルナバとサウロとを、わたしのために聖別して、彼らに授けておいた仕事に当らせなさい」と告げた。
(3)そこで一同は、断食と祈とをして、手をふたりの上においた後、出発させた。
(4)ふたりは聖霊に送り出されて、セルキヤにくだり、そこから舟でクプロに渡った。
(5)そしてサラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神の言を宣べはじめた。彼らはヨハネを助け手として連れていた。

前回まで旧約聖書で礼拝と訳される「シャーハ-」ひれ伏すと言う言葉、「アーバード」仕えるという言葉を見た。今朝から新約聖書で礼拝と訳される言葉を見ていく。「レイトゥルギア」という言葉を最初に取り上げる。この言葉から英語のリタージー(典礼、礼拝)が生まれる。

Ⅰ.アンテオケ教会
「レイトゥルギア」は新約聖書中、何個所か用いられるが、使徒行伝13:2が開かれてきた。使徒行伝を振り返ると、ペンテコステの日にエルサレムに教会が生まれた。初代エルサレム教会は順調に発展したが、ステパノの殉教によって大迫害が起きる。群れは散らされたが、信者は福音を携えて各地でイエス様を宣べ伝えていった。11:19には福音を伝えた人々はシリアのアンテオケに至ったことが記されている。迫害は悲しむべきことであったが、迫害が起こって宣教の働きは国境を越えた。もう一つは迫害者サウロが造り変えられ、伝道者パウロとなった。シリアのアンテオケ教会にはユダヤ人だけではなく民族を越えていく。アンテオケ教会は当時の宣教の最前線であった。

Ⅱ.最初の世界宣教
アンテオケ教会には多くの教師がいた(1節)。集まる人々も当時の世界最大であったが、教師たちも多様性の中に豊かな可能性があった。アンテオケ教会で礼拝がささげられる中で、バルナバとサウロを働きに送りだすことを聖霊が告げた。教会の働きはイエス様が語られたように、エルサレム、ユダヤ、サマリヤの全土を越えてアンテオケにまで進んできた。人間が意図したことではなく、神様が導かれてここに至った。この時祈りの内に、聖霊が働かれ、宣教師が送りだされていく。キリスト教会最初の世界宣教の働きである。バルナバとサウロは地中海を渡ってキプロス島に上陸した。キプロス島はバルナバの出身地であった。まずキプロスで大きな主の働きがなされていく。

Ⅲ.礼拝が生み出すもの
礼拝と言うと教会内部、信徒の集まりであって内向きのものと思われやすい。礼拝は私たちを教会の外の世界に向かって、福音を携えて出て行かせる。「レイトゥルギア」という言葉は意味も用法も幅がある。ローマ15:27では「仕える」と訳され、教会相互の援助の事について記されている。Ⅱコリント9:12では「援助の働き」とある。当時のローマ教会もコリント教会も生まれたばかりで、ゆとりはなかったが、主の働きに立っていった。礼拝は霊的なものであるが、宣教の働きを生み出していく。教会相互の援助という必要を分かち合う働きにも導く。礼拝は内側にだけ向かう自己満足的なものではない。外へと向かって魂に重荷を持ち、他の教会も豊かにされるように支援を行おう。

「レイトゥルギア」は典礼と訳されるような固い言葉でもある。この言葉によって導かれるのは保守的なものではない。外国への宣教、困難の中にある他の教会への援助である。内側が固められ、外側に向かって戦っていくのが教会であり、その基盤は礼拝にある。