聖書:使徒の働き16:5~18

16:5 こうして諸教会は信仰を強められ、人数も日ごとに増えていった。
16:6 それから彼らは、アジアでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フリュギア・ガラテヤの地方を通って行った。
16:7 こうしてミシアの近くまで来たとき、ビティニアに進もうとしたが、イエスの御霊がそれを許されなかった。
16:8 それでミシアを通って、トロアスに下った。
16:9 その夜、パウロは幻を見た。一人のマケドニア人が立って、「マケドニアに渡って来て、私たちを助けてください」と懇願するのであった。
16:10 パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニアに渡ることにした。彼らに福音を宣べ伝えるために、神が私たちを召しておられるのだと確信したからである。
16:11 私たちはトロアスから船出して、サモトラケに直航し、翌日ネアポリスに着いた。
16:12 そこからピリピに行った。この町はマケドニアのこの地方の主要な町で、植民都市であった。私たちはこの町に数日滞在した。
16:13 そして安息日に、私たちは町の門の外に出て、祈り場があると思われた川岸に行き、そこに腰を下ろして、集まって来た女たちに話をした。
16:14 リディアという名の女の人が聞いていた。ティアティラ市の紫布の商人で、神を敬う人であった。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに心を留めるようにされた。
16:15 そして、彼女とその家族の者たちがバプテスマを受けたとき、彼女は「私が主を信じる者だとお思いでしたら、私の家に来てお泊まりください」と懇願し、無理やり私たちにそうさせた。
16:16 さて、祈り場に行く途中のことであった。私たちは占いの霊につかれた若い女奴隷に出会った。この女は占いをして、主人たちに多くの利益を得させていた。
16:17 彼女はパウロや私たちの後について来て、「この人たちは、いと高き神のしもべたちで、救いの道をあなたがたに宣べ伝えています」と叫び続けた。
16:18 何日もこんなことをするので、困り果てたパウロは、振り向いてその霊に、「イエス・キリストの名によっておまえに命じる。この女から出て行け」と言った。すると、ただちに霊は出て行った。

パウロはその夜、「幻」を見ました。「夢か現か(うつつか)幻か」ではありません。彼の見た「幻」は彼のビジョンでした。エーゲ海を隔てたマケドニア人の叫びを聞いたのです。そして彼らの救いを見たのです。それは小アジアから見ればヨーロッパであり、地の果てでした。私たちにとって「マケドニアの叫び」とは何を意味しているのでしょうか。今年は新教渡来164年になります。しかしクリスチャン人口はは1%未満にすぎません。あなたの家族や親族、友人や知人はいかがでしょうか。私たちは彼らの声なき声、「マケドニア人の叫び」に耳を傾ける必要があるのです。そのために基本となるべきことを三つあげておきます。

Ⅰ.約束の言葉を信じて祈る。
キリスト者にとっての一番の願いは家族の救いです。聖書は
「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(使徒の働き16章31節)と約束しています。
ある未信者のご主人は、この言葉を都合良く解釈して、「妻がクリスチャンだから、夫である自分も救われている」と言っておられました。その解釈は間違っていますが、神は夫婦をこよなく愛しておられるのです。しっかりと神の約束の言葉を握ってその実現を祈り深く待ち望むのです。

Ⅱ.幻を持つ
私の母は私が献身した際には余り驚きませんでした。しかし、妹が献身した時にはこれはただ事ではないと驚いたそうです。そして私が卒業する年に52才で洗礼を受けました。その間,私はずっと一つの「幻」を抱いていました。その「幻」とは、母親が「姉さんかぶりで、手箒」を持って礼拝堂を掃除している姿を夢見ていたのです。

Ⅲ.聖霊に導かれる
「聖霊」は三位一体(父・子・御霊)の神の一翼を担われるお方です。特に「聖霊降臨」以降における聖霊は「キリストの霊」として、歴史の舞台の前面に立って働かれる神です。聖書は「聖霊によるのでなければ、だれも『イエスは主です』と言うことはできません。」(コリント第一12:3)と記しています。しかし積極的に考えれば、「聖霊によるならば、すべての人々は『イエスは主です』と告白することができるのです。」となります。

だれもパウロの真似はできません。しかしパウロに働かれた聖霊は私たちにも与えられています。パウロの見た「幻=マケドニアの叫び」を私たちも見せて頂こうではありませんか。あなたの家族、友人、知人、近隣の人々が発信している「マケドニアの叫び」をしっかりと捉え、応える人々が当教会の中から多く起こされることを願って止みません。